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福岡地方裁判所 昭和30年(行)15号 判決

原告 吉田潤平

被告 福岡県知事

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が福岡市中比恵町四十五番地一、田八畝二十七歩、同町九十四番地一、田一反四畝十九歩、同町百十番地一、田八畝十三歩につき昭和二十四年七月二日附買収令書を以てなした買収処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに予備的に「被告が右田地につき昭和二十四年七月二日附買収令書を以てなした買収処分は無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、

一、原告は長男吉田幸太郎等と共に、昭和二十七年十月八日死亡した妻吉田スミの共同相続人であるところ、訴外福岡市堅粕農地委員会は昭和二十四年六月十日亡スミ所有名義である請求の趣旨記載の田(以下「本件農地」という)につき旧自作農創設特別措置法(以下「自創法」という)第三条第一項第一号にいういわゆる不在地主所有の小作地たる農地としてその買収計画を定め、即日公告の上同月十一日から十日間書類を縦覧に供し、次で被告福岡県知事は所定の承認手続を経て同年七月二日本件農地につき買収処分を決定し、なお昭和二十八年七月一日本件農地のうち田八畝二十七歩につき農地法第三十六条第一項第一号によって訴外川上止を同地の小作人としてこれを売り渡したのである。

二、しかし被告の右買収処分はつぎの諸点において違法であるから、第一次的に本件買収処分の取消を、第二次的に右処分の無効確認を求めるものである。

(一)  本件農地は原告の所有であるのにかかわらず、スミを相手方としてこれを買収したのは買収の相手方を誤つた違法がある。本件農地は当時この附近に省線博多駅が移転することが予見せられ、原告は右移転のときここで旅館又は市場を経営すべく、訴外七里順三から昭和十二年十二月二十一日買いうけたのであつて、スミの所有ではないのである。もつとも登記簿上、本件農地はスミの所有となつているが、当時原告は負債多く自己名義にすると直ちに差押をうける虞れがあつたので、妻のスミ名義に登記したのにすぎないのである。

仮に吉田スミが本件農地の所有者とするも、以下の各点において本件買収処分は違法である。

(二)  即ち本件買収処分につき買収令書が交付されていない違法がある。自創法第三条にもとずく買収については、同法第九条により買収令書の交付を要するところ、被相続人たるスミ及び相続人たる原告等は未だ被告から本件農地に関する買収令書を受領していないのである。次に同法第九条第一項但書により公告をして令書の交付に代えたとするならば、公告は当該農地の所有者が知れないときその他令書の交付をすることができないときという事由を必要とするのに、本件公告は右該当の事由を欠いているから違法であり、従つて買収の効果は生じないのである。即ちスミは福岡市栄町十八番地に居住していたが、同二十年三月二十八日居住家屋の強制疎開により大分県速見郡由布院村大字川上字湯の坪千百七十九番地に移転し、終戦後の昭和二十二年十一月福岡市鳥飼三丁目二百八十番地鬼丸七蔵(原告の二女弘子の夫)方に同居し、その後同市露町二番地に移転し、ここで死亡したのである。又スミは疎開中より死亡まで本件農地の所在地にその連絡先として同市比恵七十五番地の二吉田キクヱ(原告の長男亡吉田幸太郎の妻)を定め、且移転先を明示した標札を設けていたのであるからスミの所在が知れず、又令書の交付をすることができなかつたという事由はなかつたのである。

(三)  本件農地は自創法第三条第一項第一号にいう農地すなわち不在地主の所有する農地に該当しないから、買収処分は違法である。即ちスミは買収処分の基準日の直前たる昭和二十年三月二十七日まで本件農地の所在する区域たる福岡市栄町十八番地に居住していたが、同月二十八日家屋の強制疎開にあい、止むなく一時の居所として前示のごとく大分県内に移転し、なお連絡先も前記吉田キクヱ方を定めていたのであるから、スミの住所は前示の福岡市栄町十八番地ないし同市比恵七十五番地の二吉田キクヱ方にあつたものというべく、即ち本件農地は農地所有者たるスミの住所のある所定区域内にあつたのであるから、買収の対象物件に該当しないこと明らかである。

(四)  本件農地は訴外川上止、同山田住蔵がこれを小作していたので、両名を自作農とすべき名目のもとに買収処分がなされたのであるが、川上は単に本件農地の一部につき使用貸借をうけていたものであり、山田は前小作人某より小作権を譲受けたが、昭和二十年十一月二十三日の基準日当時においては両名の小作権はすでに消滅していて、不法占有していたのであるから、訴外人両名の本件農地に対する買受の申込は、信義に反し、従つて右申込によつてなされた本件買収処分は違法である。

(五)  本件農地は県道に沿い、附近に工場、人家が建ち、これより約三丁の距離に博多駅が移転することに定つており、住宅街の実体を呈するのも遠からずであつて、自作農をここで創設するのは法の形式のみにとらわれ、土地の経済価値を無視したものであつて、宅地とすることが正当であつたのである。本件農地は昭和十二年十二月二十一日当時において訴外債権者坂本久のため債権六千円の担保として価値があつたのにかかわらずそれより後の昭和二十四年七月二日に代金合計四千百五十円で買収処分をすることは、自由裁量の範囲を超えて権利濫用の違法があるものであると述べた。

(立証省略)

被告指定代理人は、本案前の主張として、原告の訴のうち買収処分の取消を求める部分につき「原告の訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、その理由として被告のなした本件農地の買収処分の取消を求める訴は、自創法第四十七条の二により、その処分のあつたことを知つた日から一ケ月以内にこれを提起しなければならず、又処分の日から二ケ月を経過したときは訴を提起することができないものであるところ、本訴は農地買収処分の公告(被告は買収令書の交付ができないため昭和二十七年七月一日付で公告した)の日から二年九ケ月を経過した後、又吉田スミが昭和二十四年七月三十日付でなした農地買収計画決定(堅粕農地委員会は同年六月十一日から十日間にわたり買収計画を縦覧告示した)に関する異議申立に対する同年九月六日付決定書交付より五年七ケ月を経過した後に本訴は提起されたから不適法であると述べ、

本案につき、主文と同旨の判決を求め、答弁として原告主張事実中一の事実を認める。

二の(一)を否認する。農地の買収が真実の所有者を相手方として計画しなければならないことは明白であるが、これについては自創法によつて異議申立、訴願をして救済を求むべきであつてその買収計画が当然無効となるものではない。本訴提起前に被告は訴願をうけたことなく、又原告は買収計画当時堅粕農地委員会に異議申立をしたが、所有者の表示を争つた形跡はないのみならず、当時この趣旨で訴願の機会を与えられながら訴願等を提起しなかつたのであるから、原告において所有者の誤認を理由として買収の無効を主張することはできないのである。

(二)を否認する、買収令書は昭和二十四年十二月頃スミに交付せんとしたけれども同女が受領しなかつたので、自創法第九条第一項但書により昭和二十七年七月一日付福岡県公報第三千七百六十二号紙上に福岡県告示第四百二号を以て公告したのであるから何等違法はない。

(三)を否認する。即ち堅粕農地委員会は、吉田スミの住所が昭和二十四年七月二日当時福岡市薬院露町六十四番地(南部地区農地委員会の地域に属する)にあることを知つて、不在地主として買収計画を設定したのであり、スミは右住所から異議申立をしているし、同委員会も右住所にあてて異議申立に対する決定書を送付し、且つ買収令書の発送をしたのであるから、所論の違法はない。

(四)を否認する。本件農地のうち福岡市中比恵百十番地田八畝十三歩の訴外川上止の耕作分は使用貸借による小作地であつて、小作人たる同訴外人に対し原告は昭和十八年以前から使用を認めていた農地であつて、昭和二十四年七月二日の買収処分までその使用貸借を解除ないし解約した事実は何等ないのである。また本件農地のうち他の二筆は訴外山田住蔵が小作権を買つて耕作を続けてきた賃借地であり、福岡市堅粕地方は戦前より耕作権売買の慣習があつた地方であり、その証拠には原告は同訴外人に一度も立退要求をした事実なく、平穏に耕作されていたのであつて、本件農地を小作地として認定した農地委員会の決定に違法はない。

(五)を否認する。原告主張のごとき、都市計画上の区画整理地域については近い将来を予見し、福岡県知事が学識経験者から組織される福岡県都市計画関係農地審議会の意見をきいて自創法第五条第四号にいう区域を指定すべく、この区域内にある農地については買収されないところ、本件農地はこの区域に包含されていないのであり、その他本件買収処分は自由裁量の範囲を超えていないと述べた。

(立証省略)

理由

原告が長男吉田幸太郎等と共にその主張のごとく亡妻吉田スミの共同相続人であること、原告主張のごとき買収手続の経過のもとに被告福岡県知事が本件農地につき買収処分をし、なお本件農地の一部を訴外川上止に売り渡したことについては当事者間に争がない。

そこで先ず本件農地の買収処分の取消を求める請求の適否につき判断するに、成立につき争のない乙第一号証の一、二、同第二号証の一、同第三号証、証人中村忠誌の証言及び同証言により真正に成立したものと認められる乙第二号証の二並びに弁論の全趣旨によれば、福岡市堅粕農地委員会がなした本件農地買収計画に対し吉田スミが昭和二十四年七月三十日異議申立をなし、同委員会は同年九月六日右異議について決定をしたことこれに対して吉田スミ或いは原告において訴願をなさなかつたこと、また被告は右吉田スミに対する買収令書(昭和二十四年七月二日付)を自創法第九条第一項但書に従い昭和二十七年七月一日公告に付したことが認められ、原告が右異議申立に対する決定の後五年七ケ月、買収処分公告の後二年九ケ月を各経過した昭和三十年四月二十七日本訴を提起したことは記録に徴し明白である。ところで自創法第四十七条の二は農地買収処分取消の訴は当事者がその処分のあつたことを知つた日から一ケ月以内、もしくは処分の日から二ケ月以内に提起することを要する旨規定するので右二ケ月の期間経過後になされた原告の本件農地買収処分の取消請求は不適法といわねばならぬ。

次に原告は本件買収処分につき(一)ないし(五)の明白且つ重大な瑕疵というべき違法があつて、買収処分を無効ならしめるものであると主張するので、以下逐次検討を加えよう。

原告の(一)の主張について。仮に所論のごとく本件農地が原告の所有であつたとするも、成立に争のない甲第二ないし第六号証、乙第一号証の一、二、同第二号証の一、証人中村忠誌の証言により真正に成立したことを認めうる同第二号証の二に証人中村忠誌の証言、原告本人尋問の結果を綜合するときは、登記簿上本件農地の所有名義人は原告の妻たる吉田スミであつたこと、福岡市堅粕農地委員会は登記簿上の所有名義人たるスミを真実の所有者であると考えて本件農地につき買収計画を定めたこと、原告はスミ名義をもつて昭和二十四年七月三十日付で堅粕農地委員会にあてて法定期限後、買収計画決定書に関する異議申立をしたが、本件農地買収計画において所有者を誤認したことを異議申立の理由に特に掲げていないこと、同委員会専任書記の中村忠誌名義をもつて同年八月九日付異議申立に対する回答をしたこと、同年九月二日同委員会は右回答を承認したことこれ等に対し原告より訴願等は提起されなかつたこと及び所定の手続を経てスミに対して買収処分がなされたことを認定することができる。

もとより自創法による買収処分については登記簿上の所有者を相手方として買収処分をなすべきでなく、真実の所有者から買収すべきものたること勿論であるが、仮に夫の所有地を妻の所有なりと誤認せる違法があるとしても、かかる違法は単に当該処分の取消を求め得るに止まり、一般に右処分を直に無効ならしめる明白且つ重大な瑕疵を含むものと考えられないところであつて、前記認定のごとき買収の経緯、特に原告において本件買収の名宛人が吉田スミとなつていることを農地買収計画設定当時より熟知しながら別段異議をはさまず、寧ろこれを容認していた事実に徴すれば、本件買収処分に買収の相手方を誤つた違法があるとしても、これは本件買収を当然無効ならしめるものではないといわなければならない。

(二)の主張について。前掲証人中村忠誌の証言並びに乙第一号証の一によれば、当時福岡市堅粕農地委員会は県に代つて買収令書を、前掲の異議申立書に記載された住所、即ち福岡市薬院露町六十四番地のスミあてに郵便発送したこと、しかるに住所不明の事由により返戻されたので被告は自創法第九条第一項但書の買収令書を農地の所有者に交付することができないときは公告を以て令書の交付に代え得る旨の規定に従い福岡県公報により公告したことが認められる。もつとも証人白水久右ヱ門の証言によれば、昭和二十四年頃原告及び妻のスミ等は福岡市(薬院)露町に居住していたことが明かに窺えるのであるから被告において買収令書の交付に際し充分に吉田スミの住所を調査せず軽々しく公告の方法を採用した点若干の瑕疵がないとは言い得ないが、やはり適式に公告がなされている以上右の瑕疵を以て直に本件買収処分が無効のものとは考えられない。

(三)の主張について。しかし成立に争のない甲第二号証、乙第二号証の一及び証人中村忠誌の証言によれば、吉田スミの住所が本件農地買収の基準日である昭和二十四年七月二日当時堅粕地区外の福岡市薬院露町六十四番地にあつたこと、(これは前記認定のとおりである)スミも同所から異議申立書を提出したことを認めうるので堅粕農地委員会が右住所を基準として本件農地をいわゆる不在地主の小作地として買収計画を設定したことは適法といわなければならない。たとえ原告主張のごとくスミが昭和二十年三月二十七日まで堅粕地区内の福岡市栄町十八番地に居住し強制疎開のためやむなく同所を立去つたものであり、その後同市比恵七十五番地の二吉田キクヱ方を連絡先としていたものとしても、それが一時的不在であつて間もなく元の住所に復帰することが期待されるような特別の場合であれば格別右はいわゆる自創法における不在地主、在村地主を決定する何等の基準たり得るものでもない。従つて原告の、本主張は理由がない。

(四)について。証人川上甚吉、同中村忠誌の証言及び原告本人尋問の結果によれば、本件農地のうち福岡市中比恵百十番地田八畝十三歩は訴外川上甚吉が昭和十八年以降耕作してきた小作地であつて、買収当時まで原告ないしスミより明渡の請求をうけたことがないことを認定することができる。又成立に争のない乙第七号証の一ないし三、証人尾崎政雄の証言及び本人尋問の結果によれば、本件農地のうち福岡市中比恵町四十五番地一、田八畝二十七歩、同町九十四番地一、田一反四畝十九歩は、原告が昭和十二年十二月これを買いうけた当時、訴外岩田万次郎が小作し、原告に対し小作料を支払つていたこと、昭和十八年以降は訴外山田住蔵が右岩田に代つて小作していたこと、買収当時まで原告ないしスミより明渡の請求がなされなかつたことを認めることができる。従つて本件農地を小作地として認定した農地委員会の決定にはこれを当然無効ならしめるごとき違法はなく、これを承認した本件買収処分も適法というべきである。

(五)について。証人中村忠誌の証言によれば、被告は本件農地につき都市計画上の土地区画整理地域内に含まれないものと考え、即ち自創法第五条第四号にいう土地に該当すると認めず、買収したのであつて、右につき何等の違法はなく、他に被告が自由裁量権を濫用したとの立証もないのであるから、原告の主張は採用しない。

以上のとおりであるから、本件買収処分の重大瑕疵を理由として無効なることの確認を求める原告の本訴請求は失当として、これを棄却することにし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 丹生義孝 藤野英一 権藤義臣)

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